プロフィール

坂本レイコ

Owner Holistic therapist  開運占術家

KIN72 黄色い共振の人 白い世界の橋渡し 音7

私は感化するためにチャネルを合わす
知恵を呼び起こしながら
自由意志の処理を封印する
調律の共振の音で
私は開花の力に導かれる
私は銀河の活性化の正門 私に入りなさい

兌為澤⇔艮為山(The other side of mirror)

Message 

エンパシー(共感能力)をご存知ですか?
特別な能力ではなく、日本人の5人に1人はエンパス(共感能力者)だと言われています。
私もその1人で、人や物や場所のエネルギーを感じることに敏感です。
数年前まで、この能力に振り回されて、心と体のバランスを崩し入退院を繰り返していました。
心の中と違う言葉を発する人と接すること、人の感情を自分の感情のように感じてしまうことは、私にとって、とても大変なことでした。
人の内面と外面に矛盾を感じ、どちらのケアも大切だと、身を以てこの時期に学びました。
『一人でも多くの人に、元気になって欲しい。綺麗になって欲しい。』
そんな願いを込めて、お店をオープンしました。
そして今は、悩みの種だったエンパシーを上手に活かして、占いをします。
悩んだり、迷ったり、そんな気持ちに寄り添って鑑定をします。
image私自身、占いを勉強するようになってから、運が良くなりました。
自分自身と運命を良く知ること。
それはとても大切なことです。
どうしたら幸せになれるか?
最善の方法を一緒に探しましょう。

 

Diploma
東京中医学院 トリートメントコース
AEAJ 日本アロマ環境協会  アロマテラピーアドバイザー
BIEP バッチ国際教育プログラム

2011年、東日本大震災後、癌で亡くなる母を看取るため、
終末期医療の病院に出入りする中、霊性が開花。
その年の冬、霊験を目の当たりにし、2012年から、
東京の中島多加仁先生に弟子入りし、占術を習得。
また、お坊さんの指導のもと、山や滝での行をしながら、瞑想、気功を習得。
現在は、御神仏とコンタクトを取りながら、全国の寺社仏閣、聖地を巡り、
占い、また、弟子への占いの指導をしている。

はじめまして。
栃木県の宇都宮で活動しております、
占術師の坂本レイコです。私の父は、肝臓癌で8年間闘病生活の後、50歳で死去しました。私が二十歳のときでした。
母は、母親らしくない性格で、私と弟を置いて、度々家出してしまうような人でした。
父は職人気質で、酒を飲むと暴れるような人だったので、それが原因で母は度々家出をしたのだと思います。
家庭環境に恵まれず、極貧生活でしたので、高校を卒業してすぐ東京で就職しました。
父の余命が3ヶ月と宣告され、地元宇都宮に戻った時に、
付き合っていた彼との間に妊娠が分かり、1度目の結婚をしました。
幸せな家庭を夢見たのも束の間、色々な原因があり、長女を出産して2年後に離婚。
離婚直後、当時17歳の私の弟は非行に走ってしまい、暴走族のリーダ格でした。
毎夜、バイクの音がすると、眠れないほど心配でした。
さらにその頃、母親が『血小板減少症』という難病に罹り、闘病生活が始まりました。
まだ小さい長女を一人で育てながら、弟の非行に悩み、母の介護をする苦しい毎日。
そんな苦しい毎日を支えてくれた、今の主人と、27歳のときに再婚、29歳で次女を出産。
ですが、親族と相続で揉めたり、痴呆のおばあちゃんの介護を、私がすることになったりと、
大変な同居が始まり、新しい悩みを増やすことになってしまいました。その頃の母はと言うと、薬の副作用で脚の骨が溶け、両足の股関節を手術。
その後、脾臓を摘出する大手術。
生まれたばかりの次女を育てながら、母と義祖母の介護。それらの苦悩が重なり、重度の鬱病になってしまい、入退院を繰り返す日々。
毎日、死ぬ事ばかり考えていたので、「希死念虜」とカルテに書かれていた程です。
大量服薬の自殺未遂で、何度か救急車で運ばれたこともあります。
1年間、精神病の入院患者と接し、人間の苦しみの深さを学びました。良くなってきた頃、以前から勉強していた、ネイルの仕事に就きました。
1年後には独立し、自分のお店を持つまでになりました。その頃、縁あって「易」で鑑定してもらう機会がありました。
易のあまりの的中率に、易を学ぶことにしました。
易を学ぶようになり、山に登ったり、滝に打たれたりする機会があり、
精神的に強くなって鬱病が完治しました。
病気とは一生の付き合いだ、と諦めていた担当医も、
びっくりするくらい良くなり、薬も完全にやめることができたのです。2011年の東北大震災の2日後、母が末期癌だと診断され、二重のショックを受けました。
母が終末期を過ごす病院に毎日通う中で、母の人生は何だったのか?自分の人生は何なのか?
生きることと死ぬこととは?と、深く考えるようになりました。
「占い師になりたい」と、本気で思うようになったのはその頃です。易だけの卜術では心細いと思い、命術の『紫微斗数』を学ぶため、
中島多加仁先生の門を叩きました。
先生の鑑定を初めて受けた時、紫微斗数の命盤に、
自分の今までの苦労、悩みがすべて書き込まれているようでした。
もっと早く、自分の運命を知っていたら、楽な人生になったのでは...と思い、
真剣に紫微斗数を学ぼうと弟子入りを志願しました。

そして、2012年、今までやってきたネイルと占いのお店をオープンしました。
今では、占いの方が忙しい毎日です。
紫微斗数を学び始めて今とても幸せに暮らしています。

生まれた時間が分かるならぜひ鑑定を受けてみて下さい。

「こんなに当たる占は他に無い!」ということを、多くの人に広めたい一心です。

 

占いの師匠のホームページ

http://www.hoshiyomitaka.com/

星読み師★ドットコム


http://www.hoshiyomishi.com/

 

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